音をテーマにした俳句(厳選三句)

sanku

秋立つや川瀬にまじる風の音 蛇笏

この句は、『古今集』巻四の藤原敏行の「秋立つ日よめる、秋来ぬと目にはさやかに見えねども風のおとにぞおどろかれぬる」を踏まえて作られたものであろうか?ともあれ、秋は空気が澄んでいることもあり、音に敏感になる。ただ川瀬の音に混じった風の音を聞き分けたというところに、新味があり、極めて感覚的だ。蛇笏の自解文によれば、この川は、生家の前の狐川(山梨県)の流れを詠んだようだ。とすれば、実景を詠みとめたものだ。「高西風(たかにし)に秋たけぬれば鳴る瀬かな」等があり、家の前の狐川を、いつも眺めているのだ好きだったようだ。この句は、句集「山廬集」より引いた飯田蛇笏の句。

大空の扉を叩く 秋の母音 啓造

大空の扉という導入部で、ルネ・マグリットの絵を思い出した。マグリットは「イメージの裏切り」をテーマにしているので、その空の中から、鳥が切り取られたり、人物や楽器や様々のものが浮かんでいたりして見る者の、日常と非日常との境界を揺さぶる。大空に扉を書いたものもある。それは、空に浮かぶ扉が半開きになり、雲を招き入れている、この句にピッタリの描写の絵である。思いきり口を開いて発せられる母音なら、扉を叩くであろう。それは、啓造の希求する空への想いが、詩へと昇華され、扉を表出させたのだ。この句は、句集「言葉の鳥」より引いた、鈴木啓造の句。

ソの音を無くしたピアノ 玩具箱 敦代

この句は、ソの音が出なくなったピアノは、玩具箱そのものである。という解釈と、ソの音が出なくなったピアノが、玩具箱にある。という解釈も出来る。これは、ピアノと玩具箱の間に、字あけが施されているためだろう。字あけを切れ字の「や」の意味だと、前者の意味に近い。ピアノは、何故かある特定の音がよく出なくなる。子どもの頃、買ってもらった「子ども用ピアノ」等は、すぐ壊れた。敦代も、きっと嬉しさのあまり、鍵盤を叩き過ぎて、「ソ」の音が出なくなったのだ。そのピアノも、いまだ捨てられずに、玩具箱にあるという。後者の解釈が好きだ。この句は、句集「冬の椰子」から引いた、上森敦代の句。

 

月をテーマにした俳句(厳選三句)

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波音が月光の音一人旅 稔典

大勢で行く旅も、それなりに楽しいが、景色を見るにもどこか情感にかける。その点、一人旅はいい。それが失恋の傷心旅行だったりすれば、触れるもの、見るものが一変して、感覚が鋭くなる。掲句の一人旅はどんな状況で行ったのかは、解らないが海岸を歩いていて、聞こえる波音が、まるで月光の音のように思えたと表している。音の無いはずの月光が、涼やかな音を持っているという比喩には、納得させられる。降り注ぐ月光とその海岸の美しい景色まで、目の前に浮かんでくる。この句は、句集「月光の音」から引いた坪内稔典の句。

月光に招かれるのはメヒシバです 恵美子

「メヒシバ」は稲科の野草で、ごく普通に道端に生えている一年草。高さは40~70センチぐらいで、花序は放射状に手の指のような形を持つ。花序の太いのは「オヒシバ」。月光の下、メヒシバが風で揺れている様は、まるで月を恋うて、手招きしているようだ。恵美子は、何処にでも生えていて見向きもされない「メヒシバ」に、生命感を与えた。メヒシバが招くのではなく、月光が招くのだと逆説的に、「のは」という言葉で断定して、詩情を与えた。「メヒシバ」をもう一度、じっくり見たくなった。この句は、句集「ポケット」から引いた小枝恵美子の句。

文鎮の蟹は月夜に歩きだす 宏子

文鎮は、石や金属など様々な素材で作られている。掲句の文鎮は、鋳鉄製の重々しいものだと思う。ともあれ、人工製の無機質な文鎮が、月光を浴びて歩きだすのだと幻想的な風景を描き出した。わが国の古典神話にツキヨミノミコト(アマテラスオオミカミの弟)が月の神として、崇拝されていた。また、月に対して、植物の豊饒や子種の授与を祈る祭りが、新月や満月に関連して行われた神事が、今も残っている。今夜あたり月光の下、どんなものが、蠢いているか想像するだけでも楽しい。この句は第61回青玄ネット句会の吉塚宏子の句。

 

動作をテーマにした俳句(厳選三句)

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来る秋や住よし浦の足の跡 来山

来山は、承和三年(1654)大坂に生まれ、生涯大坂を離れなかった、生粋の大坂の俳人。井原西鶴や近松門左衛門らが活躍した、町人文化が隆盛を極めた元禄時代の談林派の俳人だった。この頃の大坂は、全国の物流の集散地として栄えていて、河川も改修されて、縦横に橋が架かり船が行き来していた。掲句は今の住吉あたりは、住吉大社に大きな石の船灯篭が残っているのを見れば、海岸であったのが解る。その海岸の砂浜に残された足跡は、来る秋の足跡のようだと詠めば、どこか悠久のロマンを感じさせられる。この句は、来山句集より引いた小西来山の句。

まがたまを雀みたいにあたためる 智恵子

句集「褻と晴と」を頂いた。智恵子はこの句集のあとがきに、《「褻」と「晴れ」は常に混乱してある。混乱は混乱のままでよいと思っている。時たま言葉の過去をつき破り、現在が一瞬でも見せれば混乱をよしとしたい。》と書いている。掲句は、五七五のリズムになっているが、「木の上に冷というふつうの日」の五五五や「器物として糸魚川にねむりたり」では、六六五であったりして、変な気分を起させる奇妙な魅力がある。採り上げた句の、勾玉を雀のように抱いている姿は、まるで抱卵する鳥の姿を想起させる。この句は、服部智恵子の句。

あみだくじ右に曲がれば青蜜柑 清秀

あみだくじは、阿弥陀籤と書くとおり、阿弥陀仏の功徳は平等であるというところでたとも、くじの形が放射状で阿弥陀仏の後光に似ているからともいう。清秀は枝分かれする道を、阿弥陀籤に見立てたのあろう。山道などを歩いていて、ふと此方の道の方へ行けば、どこに行き着きのだろうと、行ってみたくなる誘惑に駆られる。行ってみると、想像も出来ない素敵なロケーションに出会ったり、がっかりする場所だったりもする。清秀は青々実るみかん畑に行き着いた。とても、すがすがしい、気分の句だ。。この句は「船団」58号より引いた、岡清秀の句。

 

紙をテーマにした俳句・その2(厳選三句)

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紙コップ ゆらゆら 雲海の底知らない やすし

学生時代に立山に登ったことがある。その折、山小屋から出て、張り出した岩場の突端から眺めた雲海の美しさは、今でも忘れない。もこもこと、まるで綿を一面敷き詰めたような様は子供でもなったかのように、身を投げて見たい気分になったものだ。掲句は、山上から眺めたものか、あるいは機上から眺めたのであろうか?よほで深く立ち込めた雲海であったのであろう。紙コップのゆらゆらは、足元にまで迫っている雲海に吸い込まれてゆくような不安感を表出させている。また、反面その深さに思いを馳せている心地よさも、感じられる。この句は、大西やすしの句集「黄落都市」(沖積社 平成10年7月刊)より引いた句。

和紙の里ゴッホのような帽子で来た 美智子

和紙の里といわれる場所は、全国に多数ある。美智子は福井県に居住していることから、福井の越前和紙の里を訪れた折の句であろう。越前和紙の歴史は、約1500年前に岡太川上流に美しい姫が現れ、村人に紙漉きを教えたという故事があるぐらいである。掲句の不思議で魅力的な取り合わせは、「ゴッホのような帽子で来た」という措辞にある。ゴッホのような帽子は、「ゴッホが被っていた帽子」。それとも、「ゴッホそのもののような帽子」。とも、多様な読みを起させる面白い句だ。この句は、「21世紀俳句ガイダンス」(現代俳句協会編)の中より引いた、関戸美智子の句。

蝉しぐれ 気がつけば紙ねじっている 國人

万葉集に「「安芸国長門島にて船を磯辺に泊てて作る歌、石走る滝もとどろに鳴く蝉の声をし聞けば京師し思ほゆ」大石蓑麿(巻15、三六一七)と詠まれているのが、唯一の蝉の一首である。昔はやはり蝉時雨のような一斉に鳴きたてる風情よりも、蜩や空蝉に悲しみや哀れを読み込むのが主流であったようだ。さて掲句では、蝉声で泡立つような夏の暑さが、違った視点で捉えられている。何か書きかけていた紙を、いつの間にか感情が高ぶり、その紙を破くのではなく、ねじっている。紙をねじるという行為は、体に巻きつくような熱波であり、炎昼を際立たせている。この句は「青玄合同句集」11より引いた、東國人の句。

 

柱をテーマにした俳句(厳選三句)

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夏の日のわれは柱にとりまかれ 喜代子

環状列石(ストーンサークル)の中でも、イギリスのビルトシャーのストーンヘンジと呼ばれる、3重に環状に並べられた巨石の列柱は不思議だ。日本でも、縄文時代に作られた言われる、金沢にあるチカモリ遺跡の丸太を半分に割って、立てられた列柱がある。それは、何の目的で作られたものかは、未だはっきりとは解明されていない。喜代子の柱に取巻かれるという感覚は、環状列柱を思い描いた。それは、祖先への霊的な思いとか、祈りとかの場所に佇んで、夏日の激しい光に晒されて、自問する姿を描いているのかもしれない。この句は句集「夏の日」から引いた、宇多喜代子の句。

火柱の中にわたしの駅がある 泰世

駅というものは、あらゆる方向に自己の意思で、進むことの出来る起点となる場所になる故、歌や映画や小説に好んで描かれる。泰世の駅は、火柱の中にある駅という極めて情念的な駅を登場させている。また「わたしの駅」とわたしにこだわっている所をみると、自らが選んだ出発点であり、決意の強さが、ありありと感じられる。泰世は、この句集に「声出すとほどけてしまう紐がある」「すこしだけ椿の赤に近くなる」など、女ならではの独特の世界を詠む。また、わたしは俳句と川柳の塀の上を歩いているとも自負する。この句は、大西泰世の句集「椿事」から引いた。

梅雨晴間柱がどんどん増えていく 節子

建築の棟上の風景であろう。木材が運び込まれて、まず土台の上に次々と積み上げられてゆく。木材の端には、イの5とか、ハの12とか墨で黒々と描かれている。現場監督(昔風に言えば棟梁)の指示で、クレーンで吊り上げられて、柱が立てられ、柱の上に梁が乗せられ、あっと言う間に、屋根材が乗る。たちまち、辺りに木のいい香りが満ち溢れる。自分の家でなくとも、その空間は明るく、幸福感を共有できる。梅雨晴間の微かに湿り気を帯びた空気は、心まで潤ってくるようだ。この句は、坪内稔典さんが指導していたNHK大阪教室の「えすたしおん」14(平成15年3月終刊)より引いた、鶴濱節子の句。