紙をテーマにした俳句(厳選三句)

sanku

桜散ル大イニ血ヲ吸フ新聞紙 番矢

梶井基次郎が「桜の樹の下には屍体が埋まっている!これは信じていいことなんだよ。何故って、桜があんなにも見事にさくなんて信じられないことじゃないか。(後略)」と、短編小説『桜の樹の下には』で書いている。基次郎に、陰鬱な空想を抱かせるほど桜時は、人を狂わせる。番矢もしかり、新聞紙が血を吸う場面を想起したのだ。ただ単に、包んだ魚の血を吸ったという日常的なことでは、解釈できないものを感じる。「大いに」と強調語は、一層の不気味さを漂わせている、何しろ桜の散る頃なのですから・・・。この句は、夏石番矢の句集「真空律」から引いた。

引き出したティッシュの海に 春の猫 美智子

猫は、いたずら好きだ。わが家にも三匹の猫がいる。野良猫だった親子を飼い出してから、もう7年余りになる。猫も性格がまちまちで、特に親猫のシャーミイが一番のいたずら好き。仕事場の扉を開けて、消しゴムを持ち去っては、いつも転がして遊んでいる。美智子の家の猫も、同様らしい。こんな俳句は、猫好きでないと出来ない。猫が箱からつぎつぎティッシュ取り出す。それは、まるでマジシャンの手から、溢れ出て来るハンカチのように。春は、猫だって嬉しいものですと、優しく見守っている作者の姿がある。この句は西田美智子の句集「猫ねこネコ」から引いた。

戦火報の新聞括り ポトスに水 美津子

連日のようにイラク戦争の報道が、テレビから新聞から垂れ流しのようになされる。映像で見せられた現実を、更に新聞の活字で表されると、一層生々しく戦争の悲惨さが迫ってくる。美津子は、戦争という非日常の世界を、主婦の日常に置き換えた。遠くで起こっている戦争を「括る」というキイワードで現実の生活に引き戻し、傍らのポトスに水を注いでいる。これは、癒しの行為だとも思える。火と水との対比は、戦争に対する怒りと慰めの象徴的でもある。この句は青玄大阪句会(4月例会)で、伊丹三樹彦の特選に選ばれた、引田美津子の句。

 

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