死をテーマにした俳句(厳選三句)

sanku

つつましくばったのごとく死にゆくも 哲男

俳句研究6月号の特集「短詩形の魅力」で、清水哲男、坪内稔典、鳥居真理子の3氏が、対談している。清水哲男は、いち早くパソコンを用いて俳句を広めようと試みている。現在も、「増殖する俳句歳時記」のホームページを持ち、一日千五百人の人がアクセスして見ていると言う(私もその一人だが)。さて掲句だが、漱石の「菫程な小さき人に生まれたし」の対句のように思えた。漱石は死後の姿勢を、哲男は死に行く姿勢を端的に比喩している。この句は、同対談の中で、坪内稔典が五句選んだ内の清水哲男の一句。

生と死の あわいただよう黒揚羽 千佳子

黒と言うイメージは、「オルフェ」の死の女王マリア・カザレスや「悪魔が夜来る」の女悪魔アルレッティが思い起こされる。黒は他の色を飲み込んで、吸収してしまう強さがある。黒揚羽も、「田園交響曲」のミシェル・モルガンの黒マントように翻しながら、現世とあの世を行ったり、来たり、出来る存在と思えてくる。何かで読んだことがあるが黒揚羽は、死者の魂を運ぶという。別名「鎮魂蝶」と呼ばれているそうだ。この句は、「「青玄合同句集」11から引いた、西尾千佳子の句。

万緑の底に棺桶用の樹よ 未知子

櫂未知子集(邑書林)が5月1日発刊された。句集「定本 貴族」、「蒙古斑」と「蒙古斑」以後の中から、抜粋された句と共に、三篇の散文を書いているのだが、未知子の俳句原点が解り、面白い。掲句を、復本一郎が「櫂未知子小論」のなかで、未知子のシニカルな眼差しから生み出された作品。一体、誰が「万緑」の中の美の中に「棺桶用の樹」を探すのであろうか。櫂未知子は、人に見えないものが見える眼を持った俳人である(後略)。まさに万緑をキイワードに、あらぬ世界に半ば強引に、読者を引っ張り込んでゆく。この句は句集「蒙古斑」以後に発表された句。

 

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