声をテーマにした俳句(厳選三句)

sanku

受話器からしゃぼんの如き母の声 桂

この句に採り上げられている母は、故郷に住む母か?何らかの理由で離れて住んでいる母であろうか。ともかく、絶えず連絡を取り合っているのではなく。何年かぶりに電話して、受話器の向こうから聞こえてくる母の声は、しゃぼんのように思えた。ここに比喩されたしゃぼんは、その匂いからくる懐かしさと捉えるより、その泡のつかみ所のない、妙なあやふさのように思える。それは親子という強い絆がありながら、距離を隔てて会話するもどかしさを、「しゃぼん」という意外なものを、持ち出してうまくその心情をついている。この句は、句集「銅の時代」から引いた、林桂の句。

「かあ」とそれきり千年声を喪う鷹 陽子

鷹は早くからその習性を利用して、鷹狩に用いられた。その歴史は古くインド地方が発祥の地と言われ、日本には中国から朝鮮を経て伝わったと言われている。そのことは『日本書紀』に仁徳天皇の時代に始まり、鷹甘部(たかかいべ)が置かれたと記されている。ということは、実に1560年も前のことである。そんなことに思いを馳せさせるに充分な要素を鷹は持っている。掲句も、その鷹の持つ神秘性を捉えている。「かあ」と一声を上げたきり、千年も声を喪う鷹とは、呪術的な意味合いも込められている。この句は、句集「花象」から引いた、豊口陽子の句。

炎昼の鶏声とどく 飛天窟 文子

6月25日句集「飛天窟」が刊行され、文子から早速頂いた。掲句は句集の名前になっている。伊丹三樹彦は、帯文にこの句を、「西域の部のⅠとⅡは、本集では一頂点をなす作品群だ。所謂、シルクロードへの紀行句になろう。/岩窟が無数にあり、その壁や天井には飛天が描かれたり、刻まれたり、しているのだ。そこへ<炎昼の鶏声とどく>の状況を入れたのだが、現場感を満足させる憎いフレーズだ。」と書いている。「仏訪ねの西への天路 陸路炎え」「欠け仏の指探さんと 夏つばめ」など、シルクロードを旅した折の句が多数収録されている。なんだか、旅に出かけてみたくなった。この句は、青玄同人 向山文子の句。

 

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