火をテーマにした俳句(厳選三句)

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八月の炎へ描く希臘文字 紫逢

夏のいかにも暑そうな季語に、炎帝がある。広辞苑によれば、①火をつかさどる神②夏をつかさどる神③(火徳で王となったと伝えられたいう)神農氏。神農は、中国古伝説上の帝王。三皇の一、姓は姜(きょう)。人身牛首、民に耕作を教えしたから神農氏といい、五行の火の徳を以って王となったために炎帝という。と書かれている。掲句の八月の炎は炎帝の激しい燃え立つような暑さを想起させる。その炎の中にギリシャ文字を描くという景は、占いか願い事をでもしているシャーマンの姿が見えてくる。火の神秘性を別の角度で詠っている。この句は句集「氷室」から引いた、大庭紫逢の句。

火のごとし 水のごとくに日傘ゆく 和實

モネの「日傘をさす女」は、妻のカミール・モネと娘ジュザンヌをモデルにしたものがある。いずれも、ドレスを風になびかせて、すっと立っている姿を、下から見上げるような構図で描かれていて、とても好きだ。この絵の背景の雲や草の様子を見ると、初秋のようだ。この絵とは別に、炎天の中の白日傘なども、くっきりと印象的だ。炎天の日傘を見ていると時には、せかせかとまるで怒っているようにみえるものと、さやさやといかにも涼やかに泳いでいるようにも見える。和實は、この姿を火のごとし、水のごとく比喩した。比喩の力で詠みを広げている。この句は「ファスナー音 いきいきとして春の闇」などと共に、「青玄合同句集」11から引いた、木寺和實句。

揚げ花火ごくりと喉の奥で見る マキ

打ち上げ花火は黒色火薬を中心に金属の塩類を混ぜる発色剤、マグネシウム粉などの発光剤、発音剤などを使って作られる。わが国には、16世紀半ばごろ南蛮人により伝えられたが、武家の間では軽視する風潮があり、1613年(慶長18)夏、徳川家康が江戸城の二の丸で、花火見物をしたという記述があるが、もっぱらは、庶民の間で流行したようだ。ともあれ、夜空に広がる様々な色の打ち上げ花火を見上げていると、いつの間にか、みんな口が開いている。掲句は次はどんな仕掛けの花火であろうかと固唾を呑む様も併せて、喉の奥で見ると面白い景を詠んだ。この句は、終刊となった「えすたしおん」より引いた倉本マキの句。

 

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