柱をテーマにした俳句(厳選三句)

sanku

夏の日のわれは柱にとりまかれ 喜代子

環状列石(ストーンサークル)の中でも、イギリスのビルトシャーのストーンヘンジと呼ばれる、3重に環状に並べられた巨石の列柱は不思議だ。日本でも、縄文時代に作られた言われる、金沢にあるチカモリ遺跡の丸太を半分に割って、立てられた列柱がある。それは、何の目的で作られたものかは、未だはっきりとは解明されていない。喜代子の柱に取巻かれるという感覚は、環状列柱を思い描いた。それは、祖先への霊的な思いとか、祈りとかの場所に佇んで、夏日の激しい光に晒されて、自問する姿を描いているのかもしれない。この句は句集「夏の日」から引いた、宇多喜代子の句。

火柱の中にわたしの駅がある 泰世

駅というものは、あらゆる方向に自己の意思で、進むことの出来る起点となる場所になる故、歌や映画や小説に好んで描かれる。泰世の駅は、火柱の中にある駅という極めて情念的な駅を登場させている。また「わたしの駅」とわたしにこだわっている所をみると、自らが選んだ出発点であり、決意の強さが、ありありと感じられる。泰世は、この句集に「声出すとほどけてしまう紐がある」「すこしだけ椿の赤に近くなる」など、女ならではの独特の世界を詠む。また、わたしは俳句と川柳の塀の上を歩いているとも自負する。この句は、大西泰世の句集「椿事」から引いた。

梅雨晴間柱がどんどん増えていく 節子

建築の棟上の風景であろう。木材が運び込まれて、まず土台の上に次々と積み上げられてゆく。木材の端には、イの5とか、ハの12とか墨で黒々と描かれている。現場監督(昔風に言えば棟梁)の指示で、クレーンで吊り上げられて、柱が立てられ、柱の上に梁が乗せられ、あっと言う間に、屋根材が乗る。たちまち、辺りに木のいい香りが満ち溢れる。自分の家でなくとも、その空間は明るく、幸福感を共有できる。梅雨晴間の微かに湿り気を帯びた空気は、心まで潤ってくるようだ。この句は、坪内稔典さんが指導していたNHK大阪教室の「えすたしおん」14(平成15年3月終刊)より引いた、鶴濱節子の句。

 

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