動作をテーマにした俳句(厳選三句)

sanku

来る秋や住よし浦の足の跡 来山

来山は、承和三年(1654)大坂に生まれ、生涯大坂を離れなかった、生粋の大坂の俳人。井原西鶴や近松門左衛門らが活躍した、町人文化が隆盛を極めた元禄時代の談林派の俳人だった。この頃の大坂は、全国の物流の集散地として栄えていて、河川も改修されて、縦横に橋が架かり船が行き来していた。掲句は今の住吉あたりは、住吉大社に大きな石の船灯篭が残っているのを見れば、海岸であったのが解る。その海岸の砂浜に残された足跡は、来る秋の足跡のようだと詠めば、どこか悠久のロマンを感じさせられる。この句は、来山句集より引いた小西来山の句。

まがたまを雀みたいにあたためる 智恵子

句集「褻と晴と」を頂いた。智恵子はこの句集のあとがきに、《「褻」と「晴れ」は常に混乱してある。混乱は混乱のままでよいと思っている。時たま言葉の過去をつき破り、現在が一瞬でも見せれば混乱をよしとしたい。》と書いている。掲句は、五七五のリズムになっているが、「木の上に冷というふつうの日」の五五五や「器物として糸魚川にねむりたり」では、六六五であったりして、変な気分を起させる奇妙な魅力がある。採り上げた句の、勾玉を雀のように抱いている姿は、まるで抱卵する鳥の姿を想起させる。この句は、服部智恵子の句。

あみだくじ右に曲がれば青蜜柑 清秀

あみだくじは、阿弥陀籤と書くとおり、阿弥陀仏の功徳は平等であるというところでたとも、くじの形が放射状で阿弥陀仏の後光に似ているからともいう。清秀は枝分かれする道を、阿弥陀籤に見立てたのあろう。山道などを歩いていて、ふと此方の道の方へ行けば、どこに行き着きのだろうと、行ってみたくなる誘惑に駆られる。行ってみると、想像も出来ない素敵なロケーションに出会ったり、がっかりする場所だったりもする。清秀は青々実るみかん畑に行き着いた。とても、すがすがしい、気分の句だ。。この句は「船団」58号より引いた、岡清秀の句。

 

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