日をテーマにした俳句(厳選三句)

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掌に枯野の低き日を愛づる 誓子

この句は、昭和九年に満州(中国の東北一帯の俗称)及び朝鮮での旅吟の句。「特別快車」と題され数句作られた中の一句。その頃は、日本が中国大陸を統治していたので、大陸旅行が盛んだったようだ。車窓から眺める大陸の広々した枯野に沈む夕日は、特別美しくまた感傷的であっただろう。大きな入日をまるで、お盆か何かのように、掌に載せているようだ。更に、全身いやこころの中まで黄金色に染めながら、愛でている。旅情豊かな句だ。この他、「枯原に御厩の馬をいしとしぬ」(奉天北陵)「陵さむく日月空に照らしあふ」「冬日没る金色の女体かき抱かれ」(涅槃寂静相)が、詠まれている。この句は、山口誓子の第二句集「黄旗」より引いた。

こころ尽しの冬の日差しをそばぼうろ 朋子

そばぼうろの「ぼうろ」は、ポルトガル語の「ボーロ」即ち、小麦粉に鶏卵を加え、砂糖を混ぜて焼いた菓子。特に小球状のもの(広辞苑)。だとは、知らなかった。カステラが、オランダから伝えられたと同様、長崎に出島があった時代に渡来した「ボーロ」を日本人が独自の改良を加えて、「そばぼうろ」として、作り上げたものだったのだ。その、「そばぼうろ」は何故か京都の地に、商標登録された店もあり、古くから茶菓子としている。先斗町(ぽんとちょう)の地名もポルトガル語の「ponto」(尖端)に由来するという。そんな背景を知ると、「こころ尽し」の導入部は、やさしく冬の柔らかな日差しとそばぼうろに、ぴったり。俳句研究11月号「テーマ競詠」より引いた、林朋子の句。

陽だまりは ハンカチサイズの孤独です 憲香

冬の陽だまりの白壁に凭れて、空想に耽るのが好きだった。空の浮かぶ雲が、動物に見えたり、時には自分自身が乗っかっていたりする。しかし、何処かしら空虚な気分に襲われる時もある。谷川俊太郎の「二十億光年の孤独」という詩の一節に「万有引力とは/ひき合う孤独の力である/宇宙はひずんでいる/それ故みんなはもとめ合う/宇宙はどんどん膨らんでゆく/それ故みんなは不安である/二十億光年の孤独に/僕は思わずくしゃみをした」があるが、孤独は、ハンカチサイズで始まる。だが、二十億光年孤独とも言える。俊太郎の詩の「僕は思わずくしゃみをした」の最後の一節が大好きだ。この句は、「青玄合同句集」11からから引いた、中村憲香の句。

 

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