果物をテーマにした俳句(厳選三句)

sanku

梨むくや甘き雫の刃を垂るゝ 子規

子規は、無類の果物好きだった。友人の夏目漱石は、小説「三四郎」の中で列車で隣り合わせた髭のある男とのくだりで「次に男がこんなことを言いだした。子規は果物がたいへん好きだった。かついくらでも食える男だった。ある時大きな樽柿を十六食ったことがあった。それでもなんともなかった。」などと、書いている。実際、子規は自分でも果物が無ければ、筆が進まないとも書いている。さて、掲句だが明治二十七年の作品となっている。従って、まだ病床に伏せていない時なので、自ら梨を剥いたのであろうか。その刃先から零れ落ちる果汁は、いかにも梨の瑞々しさを表現していて美味しそう。この句は、「子規句集」から引いた、正岡子規の句。

挑戦とは生きていること 林檎かじり 満枝

先日、満枝から句集「あやとり橋」を送って頂いた。「かけがえのない今がある もつれ蝶」など、病床のご主人を支えながら、作句に励む心象俳句が多く収められている。掲句で扱われる林檎は、島崎藤村の「初恋」で詠まれた「やさしく白き手をのべて/林檎をわれにあたへしは/薄紅の秋の実に/人こひ初めしはじめなり」のような、甘い恋情感ではない。林檎を挑戦という生きる日々の決意と描いている。林檎のあの独特の色合いの赤は、挑戦の色だと言えるかも知れない。この句は森本満枝の句集より引いた句。

マジックミラーの捉えた街灯 ラ・フランス ゆきこ

洋梨の王様と言われるラ・フランスは、フランスが原産で1864年に発見され、明治初年に日本に導入されたのですが、食べ頃が難しく、栽培も難しいので最近まで、普及しなかったそうだ(今は、山梨県で多く作られている)。ゆきこの詠んだ掲句は、街灯の形を単純にラ・フランスと模して、表現したのではなかろう。そこに、マジックミラーの不思議さを句の中に介在させいる。マジックミラーは向こう側とこちらの世界は異なっている。それは、こころの中の表裏と置き換えてもいい。向こう側には絵葉書のように街灯が並ぶパリの風景が広がっている。俳句に二重写しの手法を巧く持ち込んだ。この句は、句集「手品師の鞄」から引いた、荒木ゆきこの句。

 

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