無季をテーマにした俳句(厳選三句)

sanku

不眠症魚は遠い海にゐる  三鬼

眠れない夜は、いつの頃からか羊を数えたら眠れると聞かされた。これは日本人には縁の無い、まじないと知った。英語で羊が「sheep」眠りは「sleep」とを掛けた、単なる語呂合わせの産物だった。三鬼はこんな俗な風習はとは関わり無く、独自の感覚で不眠を捉えた。眠ろうと悶々とする寝床に茫洋とした海が広がる。その海は魚一匹見つからない死海。なおも暗闘して、彷徨い泳ぎ、眠り(魚)を追い求める。魚は遠ざかるばかりである。無季であるがその感覚が、季語という助けを借りずとも力強く、表現されている。この句は、新興俳句のモダニストであり、その旗手であった、西東三鬼の句集「旗」より引いた。

ライオンの どこかさみしい絵本買う  敏樹

狩ることも、草原を吹かれながら、駆ることも無くなった動物園のライオンは、一見平和そうで、怠惰をむさぼっているように見える。だが、その眼はもう既に淋しさを湛え、体中に満ち溢れさせている。その檻から一生出ることの無いライオンの悲しみは、如何ばかりであろう。掲句は、そんな風情を詠んだものかどうかは、解からないが、「ライオンの」の後、字空けを設けて「絵本買う」という言葉まで、一気に読ませる手法を用いている。その表現により、「さびしい」という言葉が絵本にも掛かっていて、絵本の中のライオンの颯爽としている姿を、思い起こして淋しく、悲しい。この句は青玄無鑑査同人で、1983年「青玄評論賞」を受賞した、中田敏樹氏の「青玄合同句集10」に掲載されたものより引いた。

紙飛行機不時着 何も決まらぬ日  敦代

少年だった頃、ノートを破ったり、何かの広告の紙を素材にして紙飛行機を作った。その形もツバメ型、戦闘機型、烏賊型とそれぞれの個性を競い合った。いざ飛ばすと、いきなり地面にどたっと落下したり、風に乗って予想もしないぐらい飛んだりした。最近は、紙飛行機と言えば、厚紙(ケント紙)を切り抜いた紙グライダーをそう呼ぶらしいが、この句の場合は、昔ながらの折り紙の紙飛行機だと思う。紙飛行機を手から離す時、その日の自分の気持ちを翼に乗せている。いきなり失速して訳ではないが、想像外の所に不時着。こうしようと思ってもそうならない、不安や苛立ちを上手く表現した現代的な無季句。この句は、1995年「青玄新人賞」を受賞した、上森敦代氏の作品集より引いた。

 

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