梅をテーマにした俳句・その2(厳選三句)

sanku

梅にほうほうと男 あらあらと女 三樹彦

物を見て思わず発する、感動の言葉(感動詞)にも、男と女の区別があるようだ。小説の男女の会話に中に、巧みに取り込まれていて、それぞれの場面を盛り上げる要素になっている。いまは、言葉の乱れがあり男ことば、女ことばの境目が曖昧になってきているが、小説の中では未だ顕著に書き分けられている。明治文学では、尾崎紅葉の『金色夜叉』の貫一とお宮の会話などは、高圧的な貫一の問いかけに、お宮は「私いやよ」「おかしい。いやだわ」なんて調子で、「いや」という言葉を連発するほど、男女の言葉の違いが最も濃い。掲句は、梅の咲くのを見て、男の「ほうほう」と、女は「あらあら」の感動の言葉を対比して、男女の機微を巧みに捉えている。この句は、俳句研究年鑑2004年度版より引いた、伊丹三樹彦の句。

おとといの午前十時がこの白梅 稔典

わが国の文献では、『懐風藻(かいふうそう』(751)のなかに、梅をうたった葛野王の五言詩が見えるのが最初である。葛野王は奈良前期の人であるから、それ以前、おそらく飛鳥時代までに中国から伝わっていたと思われる。(日本百科大事典)万葉時代の天平二年正月十三日に、大宰師大伴旅人の宅で、梅見の宴が催され梅花の歌を詠んだと「万葉集」あ(巻五)にある。当時は、梅はいずれも白梅であったようだ。紅梅は、『続日本後記』(869)より、文献にみられる。紅梅より白梅の方が、より凛として清々しくて好きだ。掲句に見られる白梅は、その色や香りを「おとといの午前十時」だと、比喩的に断定した。読み手に、白梅をそれぞれの想像まかせている。。この句は、句集「月光の音」(毎日俳句叢書)から引いた、坪内稔典の句。

かちかちと市電制御器 梅咲かせ 清紫

小学校の三年生の時、疎開先の徳島県から大阪に帰って来た。その家が、市電の本田一丁目(西区)の停留場の真ん前だった。四国から出てきたばかりだったので、市電を見たことがなかったので、一日中飽きもせず眺めていたのを覚えている。当時の市電の前には、スカートのような衝突防止の網が付いていたり、架線から電気を取るもの、今のようにパンダグラフではなく、棒状の先にローラーがあるポールだった。市電に乗った際は、運転席に釘付けになっていた。運転手が制御器のハンドルを回すと、カチカチと心地よい音がした。作者も、市電世代であろう。掲句は、かちかちと言う、オノマトペを梅と取り合わせて、心地よい俳句に仕立てられている。この句は句集「出雲崎」より引いた路清紫の句。

 

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