俳句と夏目漱石~トリビアな俳句雑学~

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俳人漱石の巻き

夏目漱石は、「我輩は猫である」に代表されるように、明治の文学者として有名ですが、実は俳句に没頭していた。
作られた、その作品は2600句にも及ぶ。それも、明治28年5月子規にあてた手紙に

「小子近頃俳門に入らんと存候」

と書き、その年のより、明治32年までの間、1445句を作った。ということは、年間約361余句ということになり、その熱中振りが窺い知れる。
漱石は、俳句の師であった子規に、当時の新風を担う俳人として、虚子を筆頭に6番目に取り上げられている。

漱石は「俳句は禅味あり。西詩に耶蘇味あり。故に俳句は淡白なり。洒落なり。時に出世間的なり」(随想「不言の言」)と、自身の俳句観を書いている。
若い頃より寄席好きであった漱石は、日本橋の伊勢元によく通っていたことは、よく知られている。円遊がとても好きだったらしく、「我輩は猫である」の中にも登場させている。当然、俳句にも

「円遊の鼻ばかりなり梅屋敷」(明治32年)

と詠んでいる。
俳句を洒落っぽく捉えていた、漱石の一面を知ることができる。
こんなに熱中していた俳句を、明治33年にイギリスへ留学したのを機に、途絶えてしまう。

 

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