俳句と土方蔵三~トリビアな俳句雑学~

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土方歳三は俳句好きの巻

NHKの大河ドラマで「新撰組」が放映されて、また新撰組ブームになっている。新撰組の隊員で、誰が好きかとのアンケートで名前が上がるのが、「近藤勇」「土方歳三」「沖田総司」のようだ。その中で最近、人気のトップは土方歳三であると言われている。
土方歳三は、新選組副長として、隊務一切を切り盛りし、組織としての新選組を名実ともに創り上げた名補佐役で、誰にも知られている。その激しい生き様から、豪のものとしてのイメージが強い。
しかし、歳三は俳句を嗜む一面を持ち合わせていたことは、あまり知られていない。
祖父が「三日月亭巴石」という俳号を持つ俳人であったことから、 俳号を「豊玉」と名乗って、若い頃より俳句に親しんでいた。上洛する折りに、自ら「豊玉句集」を編み生家に残していったと言われている。その句集や短冊などの資料が、現在でも「土方歳三記念館」(東京都日野市)に残されている

差し向かう心は清き水鏡
手のひらを硯にせんとや春の山
願うことあるかも知れず火取虫
しれば迷いしなければ迷わぬ恋の道
春の草五色までは覚えけり

など、艶っぽいものから、俳諧味のあるものまで幅広く、人間味が溢れる句を作っていたようだ。
明治2年、新政府軍の函館総攻撃で、35歳の若さで戦死したのだが、その歳三を偲んで、義弟の佐藤彦五郎が

「待つ甲斐もなくて消えけり梅雨の月」

の句を詠んでいる。

 

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