冬をテーマにした俳句(自句自解)

jiku

鍵穴のコトンと音して草城忌

草城忌は、俳人日野草城の忌日(1月29日)。東鶴忌,銀忌とも言われている。草城は、1934年、フィクションの新婚初夜をモチーフとしたエロティックな連作「ミヤコホテル」10句を発表。俳壇の内外に騒動を捲き起こした。1956年、54歳の時、心臓衰弱のために死去。大阪市天王寺区の慶伝寺に墓があり、時々訪れたりしている。
この句は、今まで余り意識することの無かった鍵穴。夜に帰宅した折、鍵を差し入れて廻すと、玄関の鍵穴は、「コトン」と軽快な音を発した。
妙に、その音が、後ろめたいような、艶っぽい音に思えると同時に、日野草城の「冷房の鋼鉄の扉しまる音」を想起した。

白息を引いて少女ら失踪す

わが家は、川の土手の脇に建っている。お揃いの赤いジャージの一団がこちらに向かって駆けて来る。きっと何かの大会が間近なのだろう。「ファイト!ファイト!」大きな声を発し、白息を引きながらあっと言う間に、駆け抜けていった。
その吐き出された白息の長い尾は、少女らの身体から沸き立った美しいエネルギーそのものだと感じられた。なんと、清々しい朝であろうか。

今日もまたドラマの端役ちゃんちゃんこ

ちゃんちゃんこは冬の防寒着だが、シャレて暖かいダウンのジャケットの普及によって忘れられつつあったが最近、カラフルな物が出て、また人気を回復しつつあるようだ。
さて、この句だが、映画の『蒲田行進曲』の中での、階段落ちのシーンが頭を過ぎった。主役は倉岡銀四郎だが、彼を慕うヤスという大部屋役者がついていた。撮影所の大部屋にすし詰めにされて日々を過ごす大部屋役者たちは、明日を夢見て、悶々と過ごしている。危険な階段落ちのシーン、それと引き換えに1日だけスターになれるのが、この映画だった。どこか、ペーソスの漂う風景である。

 

春をテーマにした俳句(厳選三句)

sanku

春風に此処はいやだとおもって居る 澄子

「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」(句集 空の庭)の句を、眼にしてより澄子の平易な表現で、しかも意外性のある作風の虜になった。掲句も、およそ「いやだ」という風な、感情語を入れる事は、俳句の禁じ手。でも、それを逆手に取って、ユーモアという風体に仕立てられている。春風が、この場所は我輩には、相応しくない処だと、威張っているようにも詠める。本当は、作者自身が春風が嫌がっているだろうと、その場所(例えば、ごみごみした処)を危惧しているのだろう。「おもって居る」という古風でオーバーな言い回しが、読み手にくすっとした、笑いを誘う。この句は句集「いつしか人に生まれて」より引いた、池田澄子の句。

立春の箱から耳を取り出して 喜郎

坪内稔典氏の「船団」の集いで、たびたび会ったことのある喜郎が、句集「急がねば」(ふらんす堂)を上梓した。喜郎は陶芸もやっていて、自身のホームページ「in thebox」に作品を載せたりもしている。それにしても掲句の不思議さはなんであろう?箱の中から耳を取り出す。取りようによっては、猟奇的な雰囲気を漂わせる。しかし、立春という季語のフイルターを通して見れば、たちまち場面は、楽しく明るい雰囲気醸しだす。その耳は、春の音を聞くために、大切に仕舞っておいた感覚の耳であったのだ。この句集の中には、「蛙の夜ゼンマイ仕掛けの兄放つ」「順番にバケツを吊す電波の日」など、不思議な句がある。

そうねといいくつしたをぬぐ春の星 砂代里

友人の砂代里がユニークな句集と歌集と散文集を合体させたものを、刊行した。
それぞれは、別冊になっていて、句集は「そうねという」、歌集は「仕方のない人」散文集は「普通の日」のタイトルが付いている(風来舎刊)。掲句に見られるように、砂代里の作風は、おおよそ従来の俳句の観念を、突き破っている。「そうねといい」の導入部にまず意表をつかれる。その驚きは、誰にそう言っているのであろうかと、想像を掻き立てられる。後に続く、靴下を脱ぐという状況から、きっと親しい間柄の人であろう。また少し、エロチックな場面ともとれる。春の星の措辞で、更に混乱を起こさせる仕立てになっている。この句は、山口砂代里の三部合体句集より引いた。

 

赤ん坊をテーマにした俳句(厳選三句)

sanku

赤ん坊に太陽が来る髭が来る 三樹雄

この間、大江健三郎の『二百年の子供』(中央公論社)、という本を読んだ。「いま」という事をテーマに健三郎、初めての珍しいファンタジー。帯文の中で、「私たちは(子供から老人まで)いまという時を生きています。私たちが経験できるのは、それでいて、過去の深さと未来からの光にひきつけられます。人間だけが、そのようないまを生きるのです。そして、そのことを意識しないでも、誰より敏感に知っているのは子供です。(後略)」と書いている。掲句も、赤ん坊の輝かしい未来を、太陽を生命を育むものの象徴として、また髭を父親の象徴として、重ね合わせている。健三郎の言う「いま」を描き出している。この句は句集「舎木」より引いた、斉藤三樹雄の句。

子の冬や吸切啜の喉波打てる 雅子

最近はミルクなどの人工栄養児が多いが、母乳で育てることが見直されている。母乳は、言うまでもなく消化、吸収がよく、栄養にも優れている。何より、母乳に含まれる免疫体が、生後6ヶ月ごろまで、ある種の伝染病の予防に役立つことが知られている。初乳(出産後4~5日)の母乳は、たんぱく質、脂肪、無機質に富む、高カロリー。掲句は、赤ん坊が母乳を吸う様子を、その喉に着目して、クローズアップさせ描いている。その喉の波立ちは、生命の輝きといえる。この句は、「現代俳句100人20句」から引いた、山西雅子の句。

小春日の鐘撞堂から赤ん坊 明美

明美の第一句集「月への道」(富士見書房)が、昨年の十二月二十日に刊行された。帯文に、「明美の俳句は読者の心身をきれいにする」(坪内稔典)と書かれているように、明美の俳句には、旨く作ろうと言う技巧が見られない。日常の風景を肩に力を入れず、平易な言葉で言い止めている。掲句も、鐘撞堂から赤ん坊が出て来た事を、なんの修飾もなく、書いている。だが、読者に不思議な情景を、思い描かせる。たとえば、鐘の音から赤ん坊が生み出されてような、幻想とも思える。他に、「桐の花サドルを一寸高くして」「夏木立馬は羽音に耳をよせ」「青空へ押し出されてる籐の椅子」なども、巧まない良さが発揮された句が、多数収められている。この句は、船団会員、中林明美の句。

 

梅をテーマにした俳句・その2(厳選三句)

sanku

梅にほうほうと男 あらあらと女 三樹彦

物を見て思わず発する、感動の言葉(感動詞)にも、男と女の区別があるようだ。小説の男女の会話に中に、巧みに取り込まれていて、それぞれの場面を盛り上げる要素になっている。いまは、言葉の乱れがあり男ことば、女ことばの境目が曖昧になってきているが、小説の中では未だ顕著に書き分けられている。明治文学では、尾崎紅葉の『金色夜叉』の貫一とお宮の会話などは、高圧的な貫一の問いかけに、お宮は「私いやよ」「おかしい。いやだわ」なんて調子で、「いや」という言葉を連発するほど、男女の言葉の違いが最も濃い。掲句は、梅の咲くのを見て、男の「ほうほう」と、女は「あらあら」の感動の言葉を対比して、男女の機微を巧みに捉えている。この句は、俳句研究年鑑2004年度版より引いた、伊丹三樹彦の句。

おとといの午前十時がこの白梅 稔典

わが国の文献では、『懐風藻(かいふうそう』(751)のなかに、梅をうたった葛野王の五言詩が見えるのが最初である。葛野王は奈良前期の人であるから、それ以前、おそらく飛鳥時代までに中国から伝わっていたと思われる。(日本百科大事典)万葉時代の天平二年正月十三日に、大宰師大伴旅人の宅で、梅見の宴が催され梅花の歌を詠んだと「万葉集」あ(巻五)にある。当時は、梅はいずれも白梅であったようだ。紅梅は、『続日本後記』(869)より、文献にみられる。紅梅より白梅の方が、より凛として清々しくて好きだ。掲句に見られる白梅は、その色や香りを「おとといの午前十時」だと、比喩的に断定した。読み手に、白梅をそれぞれの想像まかせている。。この句は、句集「月光の音」(毎日俳句叢書)から引いた、坪内稔典の句。

かちかちと市電制御器 梅咲かせ 清紫

小学校の三年生の時、疎開先の徳島県から大阪に帰って来た。その家が、市電の本田一丁目(西区)の停留場の真ん前だった。四国から出てきたばかりだったので、市電を見たことがなかったので、一日中飽きもせず眺めていたのを覚えている。当時の市電の前には、スカートのような衝突防止の網が付いていたり、架線から電気を取るもの、今のようにパンダグラフではなく、棒状の先にローラーがあるポールだった。市電に乗った際は、運転席に釘付けになっていた。運転手が制御器のハンドルを回すと、カチカチと心地よい音がした。作者も、市電世代であろう。掲句は、かちかちと言う、オノマトペを梅と取り合わせて、心地よい俳句に仕立てられている。この句は句集「出雲崎」より引いた路清紫の句。