日輪へ発つ玉蟲の数知れず 杏子
玉蟲の体色は緑色の地に紅紫色の縦じまがあり、しまは黄ないし橙色でふちどられ雌雄とも美しい。その美しさ故、わが国最古の美術品といわれる法隆寺金堂の玉虫の厨子に用いられ、その複雑な色を放つはねの色は貴ばれていた。
後世は、女性に大切にされ、箪笥の底に秘めておけば着物が増える、害虫がつかない等と言われていた。そんな玉蟲がエノキの木の天辺から太陽を目指して、一斉に羽ばたき、飛び立っていく様子は美しく、死をも予感させる。
この句は、現代俳句一〇〇人二〇句(邑書林)より引いた黒田杏子の句。
積む本の言の葉の圧 日雷 千佳子
千佳子は、広辞苑さえぼろぼろになるほで読む、猛烈な読書家。あの阪神大震災の後、自宅を訪問したことがあり聞いたところ、書籍の山うずもれていたのだと言う。
そんなエピソードとは別に、俳句は十七音の極めて少ない言葉で紡ぎ出す文学だからこそ、言葉にこだわる。言葉の重みを、たった一冊の本、一節のフレーズから感じとらねばならない。日雷に打たれているのは、書籍の山ではなく、自らの胸の中にある書かねばならないと言う、詩情を打っているのだろう。
この句は青玄合同句集11」から引いた、青玄無鑑査同人、西尾千佳子の句。
往還の葉書の数も 一夏のこと 和子
往還というかたい言葉を、句の頭に据えたことにより、便りを交し合う関係に永い年月の重みを感じる。ふっといつも便りをくれる人からの葉書が来なくなったら、もしや病気では?それとも亡くなったでは?と不吉な予感に襲われたりする。その葉書の数は、その人の交友の数であり、生きて来た証だともいえる。
そんな和子だからこそ、一夏の思いは若い時とは異なり、年齢と共に深くなってゆくだろう。この句は青玄合同句集11から引いた、青玄同人、福谷和子の句。
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